今年の夏は……

小野 清美

私の娘は群馬の大学を卒業し、そのまま大学の附属病院で看護師として働いています。一年目の昨年は、先輩看護師のチューターさんの下で、指導を受けながらの勤務でしたが、この4月からは自分の責任で仕事をしなくてはいけない立場になり、緊張の連続のようです。そんな娘から聞かされる病院の様子は、涙あり、笑いありです。そして、ちょっと心温まるうれしい話。

娘は整形外科の入院病棟にいます。整形外科は他の入院病等同様お年寄りの数はかなり多いようですが、内科などに比べると亡くなる方は少なく、多くの患者さんが手術後頑張ってリハビリをし、元気を取り戻して手を振って帰宅される姿に元気をもらっているようです。
この間久しぶりに連休がとれ、自宅に戻った娘からこんな話を聞きました。
1週間に一度くらいの割で夜勤があります。ある当直の夜、患者さんの容体が急変しました。夜間の医療体制は人数も少なく、かなり慌てました。一命は取り留めましたが、娘としては初めてのことで、かなりのショックだったようです。そして、その日の出来事を反芻してみたそうです。と、普段の日と特に変わったことをしたおぼえはない。いつもと違うことと言えばお昼に手作りのお弁当ではなく、牛丼を食べたことくらい。なのですが、以後、金曜日のお昼の牛丼は食べないようにしていると話してくれました。「こんなの変でしょう、でも、避けられることなら、避けたいもの、ね。」
そして娘と同じようなことを先生も話して下さったことがあるそうです。
娘の就職一年目、昼間の看護師さんからの申し送りが特になかったため、再確認しないまま、体位を動かしていけない患者さんを娘が動かしてしまったそうです。危ういところで、先輩の看護師さんが気づき大事に至らなかったのですが、娘は自分の至らなさに泣き出してしまいました。すると、娘の尊敬する、普段はとても厳しい医師が、自分の体験をさらりと話して聞かせてくれたそうです。「容体の安定した患者さんの手術で、全く問題なく手術も成功だったのに、夜、私が帰宅してから容体が急変した。以後私はその患者さんを手術した曜日と時間に手術を入れないようにしているんだ。」と言われたそうです。
私の自宅のはす向かいのマンションに住む看護師さんは勤続20年以上と思われるかなりのベテランさんのようですが、娘がこんなことを言っていたと話をすると、私の病院にも「病室の四隅には神様がすんでいるんだよ。だから患者さんが元気になれますようにと祈るんだ」と言われた医師がいたそうです。また、小児科の医師で、入院中の子どもの面会にめったに来ない母親に、子どもに必要な衣類やタオルを持ってきてくれるように何度もお願いするのに、いつになっても持ってきてくれず、そのお医者さんは自腹で女の子の着替えやタオルを買って病院に持ってこられたそうです。
私の関わっている方で、いわゆるゴミ屋敷に住んでいて、片付けが難しい人がいます。精神医療に関わる医師と看護師さん、東京都の職員の方がその人との良好な関係を構築する手立てとなれば、と、そんな意味も込めてゴミ片付けを、暑い中、何度も手伝って下さっています。なんとか引きこもりから外に出て生活ができるようにしてあげたい、これからの長い人生にプラスになるような働きかけをしてあげたい、そんな思いが伝わってきます。
日本の医療現場にいる人たち、最先端の医療の中にいて、それでも人知の及ばないどうしようもない事態が起こりうることを避けたいと祈るような気持ちで現場にいることに、人の命の重さをしっかり受け止めて日々患者さんに向き合っていることに、日本の医療関係者は凄い、と何度も思わされた夏でした。