ノーマライゼーションに逆行する「障害者自立支援法」

清  水  建  夫

1.法律の成立
「障害者自立支援法」(以下「本法律」という)が第163回国会(特別会)で可決され、2005年10月31日成立した。本法律は国の財政赤字を錦の御旗に、福祉サービスの大幅な削減と障害者負担を求めるものであり、わが国でもすこしずつ定着しつつあった障害者支援の流れを一挙に数十年後退させるものである。本法律の成立については多くの障害者団体が賛同したとのことであるが、本法律が成立したことによるプラスとマイナスについて分析し、本法律によって何が変わったかを厳しく監視する必要がある。

2.“完全参加と平等”“ノーマライゼーション”
1976年国連は総会決議により1981年を“完全参加”(full participation)をテーマとする国際障害者年と宣言し、更に1979年の総会決議により国際障害者年のテーマを“完全参加と平等”(full participation and equality)に拡大することを決定した。1980年国際障害者年行動計画を採択し、1983年から1992年を国際障害者の10年と定めた。この世界的潮流の影響を受け、わが国でも障害者の“完全参加と平等”に向けた立法や行政施策が不十分ながら行われ、国民の間でもノーマライゼーションが定着しつつあった。

3.措置から契約へ-支援費制度のスタート-
(1)2000年6月社会福祉基礎構造改革の一環として「社会福祉の増進のための社会福祉事業法等の一部を改正する等の法律」が成立し、身体障害者福祉法等が改正された。その結果、障害者福祉サービスの内容を行政が決定する「措置制度」から障害者自らが利用者の立場からサービスを選択し、事業者との対等な関係に基づき、「契約」によりサービスを利用する「支援費制度」に切り替わり2003年4月からスタートした。

(2)支援費制度の施行状況について厚生労働白書は次のように記述している。
[1] 2003年版
「施行状況についておおむね順調なスタートとなっている。なお、2003(平成15)年4月からグループホームやショートステイの利用、施設入所等の知的障害者に関する事務等が市町村において行うこととされたところであり、より地域に密着した施策が推進されることが期待されている。」
[2]2004年版
「支援費制度の施行状況を見ると、とりわけホームヘルプサービスやグループホーム等居宅サービスの利用が、施行前と比べ大幅に伸びている。これは、市町村や障害者間における制度の浸透を始め、新たにサービスの利用を始めた知的障害者や障害児が多かったことや,身体障害者の1人当たりの利用時間が増加したこと等が要因と考えられる。」
[3]2005年版
「支援費制度の施行状況を見ると、とりわけホームヘ ルプサービスやグループホーム等居宅サービスの利用が、施行後に一貫して伸び続けている。これは、障害者に制度がよく知られるようになり、それまでサービスを利用することができなかった知的障害者や障害児を中心に,多くの障害者が新たにサービスの利用をすることができるようになったこと等が要因と考えられ、障害者の地域生活支援が大きく前進しているところである。」

(3) 2005年版厚生労働白書は他方で次のように記述している。
「一方、新たな利用者の急増に伴い、サービスに係る費用は増大しており、今後も利用者の増加が見込まれる中、現状のままでは制度の維持が困難な状況となっている。」
「今後もサービスの利用が伸びていく中で、サービスの質を担保しつつ、必要なサービス量を確保し、より安定的かつ効率的な制度とするため、制度全般にわたり検討を行い、第162回通常国会に『障害者自立支援法案』を提出したところである。この法案においては、支援費制度の『自己決定と自己選択』及び『利用者本位』の理念を継承しつつ、障害保健福祉施策の抜本的な見直しを行う」

(4)しかしながら、本法律には「自己決定と自己選択」「利用者本位」の理念はどこにも継承されていない。

4.本法律の基本理念は「給付抑制」と「障害者負担」
(1)政府は「身体障害・知的障害・精神障害に共通する一元的サービス提供のしくみの創設である。」として本法律が画期的な立法であることを強調している。しかし、一元化により福祉サービスが向上するのであれば一元化の意味があるが、現実にはサービスの大幅な削減である。身体障害者や知的障害者にとっては支援費制度による福祉サービスの量的・質的大幅な削減である。精神障害者にとっても通院医療費の本人負担率が5%から10%へ、将来的には30%への引き上げが想定されている。障害特性がそれぞれ異なるのに、異なるものを一元化することに何の意味もなく、重要なことは個々の障害者のニーズに応じたきめ細やかなサービスの提供である。政府はまた、ケアマネジメントや市町村審査会によってサービスの支給決定の客観化・透明化を図るとしているが、これらの設置目的も福祉サービス削減にあり,個々の障害者のニーズに応じたきめ細かいサービスを透明かつ客観的に行きわたらせるための制度ではない。要するに、本法律に一貫して流れている理念は給付の徹底的な抑制であり、かつ給付費についての障害者負担であって、それ以外の何ものでもない。

(2)国及び都道府県が義務的経費として負担する給付は居宅支援ひとつを取り上げても給付を著しく制限し、いわゆる身辺介護に相当するものに限定している(28条1項)。その居宅介護についても身体障害者福祉法4条の2第2項に定められていた「日常生活を営むのに必要な便宜」は本法律から削除されており(5条2項)、ホームヘルプサービスを身辺介護関連のみに著しく制限する意図は明らかで、多くは市町村の裁量事業である地域生活支援事業に追いやるものと思われる。ガイドヘルプサービスについても同様であり、義務的経費として認めている行動援護は「知的障害又は精神障害により行動上著しい困難を有する障害者等であって常時介護を要するものにつき、当該障害者等が行動する際に生じ得る危険を回避するために必要な援護、外出時における移動中の介護」に限定している(5条4項)。したがって身体障害者や知的障害者がこれまで利用していたホームヘルプサービスやガイドヘルプサービスのほとんどは義務的経費からはずし、市町村の裁量的事業に押しやる考えである。「地域活動支援センターその他の施設に通わせ、創作的活動又は生産活動の機会の提供、社会との交流の促進その他の便宜を供与する事業」は市町村の裁量的事業であることを明記している。(77条1項4号)

(3)本法律は給付を制限する一方で制限された給付について利用する障害者の1割負担を定めている。国会審議等で明らかになったことは、政府は施設入所者については障害基礎年金とその他の収入を含めて、月額25,000円のみを障害者の手許に残し、他は利用料、食事代等として拠出させるという考えである。通所授産施設の利用者も福祉工場の利用者も1割負担を前提としており、通常授産施設で利用者が受け取る工賃は月額5,000円~1万円位であるから収入よりも負担の方が多くなることが考えられる。通所授産施設に通うより家でじっとしていた方がよいという障害者が増えるであろう。

(4)厚生労働白書は支援費制度により「障害者の地域生活支援が大きく前進」と評価しながら,本法律はその流れを一挙にとめるものである。これでは障害者は「健康で文化的な最低限度の生活を営む」(憲法25条)ことができない。

5.就労移行支援と一般企業への就職
(1)本法律は訓練等給付費及び特例訓練等給付費の支給として、①自立訓練、②就労移行支援、③就労継続支援④共同生活援助のサービスを支給するとしている(28条2項)。

(2)しかしこれらと企業等への一般就労の関係については本法律は何も語っていない。就労移行支援を成功させるためには企業等の受け入れと企業等に送り出したあとのサポートが必要であるが、このことは何も手当されていない。厚生労働省の2006年度予算の概算要求を見ても就労移行支援によって一般就労が大幅に増えることを前提としたジョブコーチの増員等の予算計上はない。ジョブコーチについては法定雇用率未達成企業が独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構に納付する納付金会計からの助成金を財源とする制度が存在するがこれでは抜本的対策とはならない。そもそもそうでなくとも障害者雇用に消極的な企業との連携が全く無く、就労移行支援をしたからといって、一般就労が増えるとは到底思えない。政府は法定雇用率1.8%の枠を変更しないまま「障害者の雇用の促進等に関する法律」を改正し、精神障害者を実雇用率算定の対象に含めることとした。情報開示制度の適用により、各企業の実雇用率が公開され、各企業が法定雇用率の充足を検討し始めた矢先に,政府は企業に対する救済策を提供した。身体障害者や知的障害者にとっては、法定雇用枠の減少を招くものであり、明らかな改悪である。厚生労働省のアンケート調査によれば、企業に働く精神障害者の多くはうつ病など企業採用後に発症した労働者が圧倒的な割合を占めている。当該労働者にとっては、発症の原因となった職場環境の改善こそ重要であるにもかかわらず、それをしないまま障害者枠に含めることは企業の改善努力を止め、当該労働者を精神障害者として固定する結果となる。ここでも、三障害の一元化はいずれの障害者にとっても改悪の結果となっている。なお本法律の給付である就労継続支援は一般就労が困難な人に対する支援であり(5条15項)、一般就労をしたときの支援ではない。

(3)就職によって収入が得られれば1割負担も可能であろうが、その道も確保されていないのに負担だけ先行させ、障害者にとって過酷な法律である。この点においてもまず“障害者負担ありき”の考え方が顕著である。

6.障害者を犯罪者予備軍扱い
(1)本法律を通読して思わず息をのんだ。障害者自立支援法というやさしく包み込むような法律の名称とは逆に、この法律は障害者に対する不信と悪意に満ち満ちており、障害者を犯罪者予備軍のような目線で見ている。

(2)11条1項は障害者や障害児の保護者の報告義務・文書提出義務・質問応答義務について次のように定めている。「厚生労働大臣又は都道府県知事は、自立支援給付に関して必要があると認めるときは、自立支援給付に係る障害者等若しくは障害児の保護者又はこれらの者であった者に対し、当該自立支援給付に係る自立支援給付対象サービス等の内容に関し、報告若しくは文書その他の物件の提出若しくは提示を命じ、又は当該職員に質問させることができる。」

(3)この義務違反に対し本法律は刑罰で臨むことを明らかにしている(110条)。「第11条第1項の規定による報告若しくは物件の提出若しくは提示をせず、若しくは虚偽の報告若しくは虚偽の物件の提出若しくは提示をし、又は同項の規定による当該職員の質問に対して、答弁せず、若しくは虚偽の答弁をした者は、30万円以下の罰金に処する。」障害者や障害児の保護者は不正受給をするものとの不信の目で障害者を見ており、調査に応じないときは刑罰をもって臨むという過酷な法律である。

(4)この規定のため障害者や障害児の保護者は、自立支援給付の内容について沈黙する事も許されず、常に監視の目にさらされることになる。身体障害者福祉法にも刑罰規定はあるが、それは身体障害者手帳の不正取得の場合とか(同法47条)、身体障害者手帳を譲渡・貸与した場合(同法46条1項)とかのいわゆる故意犯であり、犯罪とされる行為が完了したあとの刑罰である。仮に自立支援給付について不正受給があった場合には悪質なものについては詐欺罪として刑法246条で対処すれば十分である。障害者に対する給付について黙秘も許さないと言う法律は世界広しと言えどもおそらく本法律だけであろう。障害者は不正を犯す犯罪者予備軍であり、たとえ1円たりとも障害者に余分な費用を出さないという立法推進者の障害者観がこれら規定の中に顕著に現れている。

(5)同様の障害者不信は第12条にも顕著である。「市町村等は、自立支援給付に関して必要があると認めるときは、障害者等、障害児の保護者、障害者等の配偶者又は障害者等の属する世帯の世帯主その他その世帯に属する者の資産又は収入の状況につき、官公署に対し必要な文書の閲覧若しくは資料の提供を求め、又は銀行、信託会社その他の機関若しくは障害者の雇用主その他の関係人に報告を求めることができる。」これは生活保護法29条と同様の規定であるが、障害者や障害者の世帯に属する者について、市町村等にこれらの者の同意なくして官公署や銀行に調査・照会する権限を与えるものである。生活保護法29条は、身ぐるみ剥がされ裸にされる調査であり、生活保護申請者にとり苦痛に満ち、屈辱的調査であるが、これと同等のことを本法律は障害者や障害者と世帯を同一にする者に行う権限を市町村等に与えている。本法律の推進者たちは、障害者の属する世帯について生活保護世帯以上の生活を許さないという考えを基本としており、この考えがこの条項のなかにも現れている。

7.なぜ財源を経済的弱者に求めるのか
(1)東証一部上場企業は5期連続で増収増益を繰り返して空前の利益を積み上げている。政府は労働の規制緩和という名目のもとにパート、有期契約、派遣社員などの非正規雇用の拡大策をとり、大企業を支援している。大企業は悪びれることもなく従業員のリストラを行っている。安い労働力を求めて工場の拠点を海外に移し、海外の中でも最も労働力の安い国に転々としている。アメリカ合衆国のブッシュ政権ですら自国企業が海外に生産拠点を移転することについて、自国における雇用確保の視点から当該企業をアメリカ政府の調達先からはずす旨の圧力をかけている。日本政府は野放図にこれを許し、その結果、自国の労働者は常に生活不安な状況にある。企業の増収増益にもかかわらず、労働者家庭の収入は減る一方であり、国民は不安とストレスの中で生活に窮している。1998年以降わが国の自殺者は常に年間3万人を超えている。

(2)この数年の間に富裕層とそれ以外のその他多勢の国民に明確に分かれるようになった。1億総中流と言われた時代は過去のことである。2005年5月に公表された高額納税者のトップは「タワー投資顧問」の運用部長(46歳)であり、給与は100億円を越えている。マネーゲームを奨励する日本政府のもとでカネ集めの上手な者が経済的上層階級に一挙に昇りつめている。

(3)政府は経済的弱者中の弱者である障害者に負担させるのではなく、税制を改革し、これら大企業や高額所得者に負担を求めるべきである。

(4) 第162回国会における本法律案の審議には自民党議員さえもが障害者負担について「最後ののり代までとるのか」、授産施設や福祉工場まで利用料を徴収することにつき、「そこまでやるのか」と述べていた。どのような立場の者であれ、本法律を素直に見れば同様の思いに至るであろう。

8.障害に関する給付費の国際比較
(1)2003年度におけるわが国の社会保障給付費は84兆2668億円であり、そのうち障害に関する給付費は1兆9495億円(2.3%)である。

(2)対国民所得の国際比較は表Ⅰのとおりである(国立社会保障・人口問題研究所「平成14年度社会保障給付費」より)。(表Ⅰ)障   害労働災害日本(1996年)  0.44%  0.28%アメリカ(1995年)  0.68%  0.68%スウェーデン(1996年) 5.26%スウェーデンは労働災害が障害に含まれるわが国における障害関連の給付はスェーデン、ドイツはおろか、アメリカより少ないのである。

9.歴史の歯車を逆転させる法律
(1)本法律は1981年の国際障害者年以来わが国でも進展してきた障害者の“完全参加と平等”“ノーマライゼーション”の流れに逆行するものであり、障害者施策を著しく後退させるものである。

(2)1948年国連総会で採択された世界人権宣言は「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎である」「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。」と宣言している。1975年に国連総会で採択された障害者の権利宣言は、「障害者は、その人間としての尊厳が尊重される生まれながらの権利を有している。障害者は、その障害の原因、特質及び程度にかかわらず、同年齢の市民と同等の基本的権利を有する。このことは、まず第一に、可能な限り通常のかつ十分満たされた相当の生活を送ることができる権利を意味する。」「障害者は、経済的社会的保障を受け、相当の生活水準を保つ権利を有する。障害者は、その能力に従い、保障を受け、雇用され,または有益で生産的かつ報酬を受ける職業に従事し、労働組合に参加する権利を有する。」と宣言している。本法律はこれら宣言に反し障害者の尊厳を著しく踏みにじるものと言わなければならない。

(3)1980年に採択された国際障害者年行動計画は次のように定めている。「社会は、今なお身体的・精神的能力を完全に備えた人々のみの要求を満たすことを概して行っている。社会は、全ての人々のニーズに適切に、最善に対応するためには今なお学ばねばならないのである。社会は、一般的な物理的環境、社会保健事業、教育、労働の機会、それからまたスポーツを含む文化的・社会的生活全体が障害者にとって利用しやすいように整える義務を負っているのである。これは単に障害者のみならず、社会全体にとっても利益となるものである。ある社会がその構成員のいくらかの人々を閉め出すような場合、それは弱くもろい社会なのである。障害者は、その社会の他の者と異なったニーズを持つ特別な集団と考えられるべきではなく、その通常の人間的なニーズを充たすのに特別の困難を持つ普通の市民と考えられるべきなのである。障害者のための条件を改善する行動は、社会のすべての部門の一般的な政策及び計画の不可欠な部分を形成すべきであり、また、それは、国の改革プログラム及び国際協力のための常例的プログラムの一環でなければならない。」日本政府は障害者のための条件を改善するどころか、悪化させるプログラムを実行しようとしている。そのような政府のため、わが国の社会は弱く、もろい社会となっている。

(4)障害者基本法は「国及び地方公共団体は、障害者の権利の擁護及び障害者に対する差別の防止を図りつつ障害者の自立及び社会参加を支援すること等により、障害者の福祉を増進する責務を有する。」と定めているが(第4条)、本法律はこの責務を放棄するものである。

(5)本法律は多くのことを厚生労働省令に委ねており、本法律の中味は空白の部分が圧倒的な割合を占めている。本法律の施行の結果障害者支援はどの点で前進し、どの点で後退したかを冷静かつ厳正に検証する必要がある。本法律については今後も障害者の尊厳と人権確保の視点から監視を続ける必要があるとともに、本法律の改廃を求めていく必要がある。