目次
人権ネットワーク活動記録
- 2024年3月8日 月例会(ZOOM併用)
- 2024年3月16日 池上本門寺散策
- 2024年4月6日 会報発行作業
今後の予定
月例会・学習会
令和6年(月例会は8月、5月、12月を除く毎月第二金曜日です)
- 4月12日(金)午後6時~ 月例会(中央通り法律事務所)
- 4月20日(土) おしゃべりの会(中央通り法律事務所)
- 5月25日(土) 総会、上出勝先生講演会、懇親会
- 6月14日(金) 月例会予定
行事、学習会については月例会で検討し、実施します。
決まり次第お知らせいたします。
原稿・情報をお寄せください。
どんな原稿でも結構です。いただけるとありがたいです。ご協力お願いいたします。
年会費の納入を・カンパを、どうぞよろしくお願いいたします。
年会費未納の方はご送金お願いいたします。
Ⅿさん国賠訴訟の傍聴をお願いします。
3月16日 池上本門寺を散策してきました
初夏のような日差しを浴びて、蒲田駅下車、東口大田区役所前に集合です。
いつものことながら、駅員さんの移動介助にかなり時間がかかるため、家を早く出ていらっしゃる粟谷さんが一番に到着です。集まりのときには、粟谷さんは一日仕事です。
集合時間少し過ぎ、粟谷さん、小野、松尾さん、古野さん、岩津さん、伊藤明彦さんとメンバーがほぼ揃いました。
参加者はいつものメンバー、という感じでしたが、今回は、本門寺散策のお知らせ後、中野さんから、たぶん初めてのお電話をいただきました。「本門寺いきたかったのですが、腰がよくなくて・・・」とのことでした。もう、ご連絡いただけただけで大感激です。ありがとうございました。またの機会にぜひご一緒させてください。
そして、さらに、向さんが詩吟のお稽古の前に食事だけご一緒くださる事になっています。蒲田は宇都宮のように、餃子、それも羽付き餃子で知られています。せっかくなので、安くて美味しいお店があるから、と、羽付き餃子のお店で食事してから本門寺に向かうことになりました。宜野座さんもお医者さんが終わったら駆けつけるとのことでした。
お店は蒲田駅東口、大田区役所並びに消費生活センターがあり、その建物の中にある「歓迎」です。向さんは「ニーハオ」でしょう、と言うのですが、ちょっと違います、か、ね。
私達は11時集合、開店が11時30分なので少し早いのですが、一番に並んで待つことにしました。だいぶ気合はいっています。人気店らしく、私たち6人が11時30分少し前に一番よい席に陣取り、注文するころにはお店はほぼ満席になっていました。ほどなく、向さんとヘルパーさんが到着しました。向さんとみなさんが会うのは久しぶりでした。中野さんからもご連絡をいいただき、その点でも、この企画はとってもよかったです。
思い思いのお料理と羽付き餃子をお願いし、「いただきます!」あたりで、宜野座さん到着でした。良いタイミングで向さんがアツアツのごま団子をみなさんに振る舞ってくださいました。美味しいお店でした。みなさんもぜひ。
この日はもともと向さんには予定があり、ご一緒できるのはここまででした。実は予定は変更となり、腰痛を我慢しての参加でした。向さん、ご無理させてしまいました。本当にありがとうございました。
お腹が膨れたところで、池上線「蒲田駅」に向かいました。
『「池上線」という歌がありましたね。』
「失恋の歌でしたね」
もう一人の車椅子のお客さんが、池上線に難なく乗車されていたので、クルマ椅子を押して乗ろうとするのですが、段差がありスーッとのれません。まごまごしていると、「手伝わせていただけますか」と乗車を終えたばかりの池上線の運転手さんが声をかけてくださいました。うん、いい感じです。お手伝いさせていただけますか。なんといい響きでしょう。有り難いです。
「池上駅」は、立派な駅ビルになっていました。本門寺までは10分ちょっと歩くのですが、参道はわかりやすく、帰りに必ず寄りましょうとくず餅やさんを決めて本門寺の階段前まできました。
向さん情報で、右手に池上会館があり、そこのエレベーターで5階までいくと、本門寺の五重塔近くにいくことができ、本堂まで階段無しで歩けました。
うめ、桜の花が見られないので、なんでもいいから春らしいお花があったらと思うのですが、生憎春らしいお花はありませんでした。
「力道山の墓」の案内が一番目立つところにあり、矢印に従い、力道山の銅像、お墓をお参りしました。その日はよく調べて出かけなかったので、力道山の他にも幸田露伴、児玉誉士夫、日蓮、加藤清正、中村八大さんなどのお墓もあることが後になってわかり、残念でした。
力道山のお墓だけで皆さんお疲れのようで、粟谷、小野は狩野派の絵画展を見ましたが、皆さんは境内の茶屋で休憩でした。
早々に、くず餅を食べに行きましょうということになり、池上会館に向かいました。5階のエレベーター乗り場の外には、大田区が見渡せるちょっとした展望スペースがあり、ここにはユキヤナギやスノーボールなどのお花もあり、暖かい日差しが心地よく、座ってしばらく談笑しました。ここでは政治に関心を持たない日本人について、松尾さんトーク炸裂でした。
やはり〆はくず餅、ということで、手前の池田屋さんに入り、くず餅を注文し、共通する話題に話がはずみ、近場で散策もいいものだと感じながら、お店を出て、蒲田駅に向かいました。
梅も桜もなかったけれど、みんなと一緒だと格別の時間を過ごせます。他の用事があって参加できなかった長戸路さんは、「私も行きたかったのよ。父が本門寺の近くで牧場していたの」とのことでした。
また企画したいと思います。ゆっくり、のんびりの散策ですから、皆様もぜひ、ご参加ください。
どうしたらいいのカナ・・・・・・・・
こんにちは。
みなさんご存知のとおり、私は身体障害者です。初めての方のために自己紹介します。
私は、1歳のときに、高熱を出し、ひきつけをおこし、脳性麻痺と診断されました。以後障害を持って生きています。今は車椅子利用です。現在70歳です。
趣味は、旅行です。小さい頃から外の世界、社会に憧れ、大きくなったら絶対に実行するぞと決め、夢見てきました。しかし、大きくなるにつれ、現実はそれほど甘いものではないことを知らされることになります。
学校、就職、アパート賃貸契約(住居)、自動車教習所、宿泊施設の利用などなど、上げればキリがありません。次第に私は、日本の社会はこういうものだと思うようになり、障害者はこういう社会の中で生きていくんだと、疑問も持たなくなりました。
そんな生活のなかで、30代半ば、「今しかない」と思い、単身北欧に旅立つ決心をしました。勿論、つても、情報も持ち合わせていないのですから、完全に無謀です。しかし、私は実行しました。期間1年間、日本を離れる。
ものすごく不安はありました。言葉ができないのですから。
海外に渡って、公共交通機関、宿、人の接し方など、すべてのことが日本とは真逆で、何の心配もいらない社会がそこにありました。日本で心配することが、外国では心配不要なのです。外国で安心して一人旅ができる。日本ではとても考えられないことです。
日本に帰国して強く感じたのは、なぜ、日本では弱い人間や障害者であるがゆえに、世間に対して遠慮して生きていかなくてはならないのか、とうことでした。
差別は今も続いています。どうして、お互いを認めあえる社会になれないのでしょうか。
障害者問題だけではありません。世の中、不条理なことがいっぱいあり、当事者は苦しんでいます。
一人ひとりが無関心ではなく、自分より弱い方の視点に立てば、世の中少しは変わるのではないでしょうか。
私の経験から、裁判を振り返ると
私は視覚障害を理由に解雇された過去があります。20年前の出来事でした。以下、仮処分の勝訴までを綴ってみましょう。
支援していただいたことが如何に心強かったことか。その前に清水弁護士さんの超人的な行動力、事務局の小野さん達の支
えが大きかったのであります。
長文になりますので、前半は宮沢賢治の詩を拝借しました。南国訛りも混じります。
ここから、
雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
清水建夫弁護士さんは 軽やかにハナク イツモ快活にワラッテいル
まだ、50代後半。バリバリの働き盛り。
東の福岡ニリハビリテーションの病院アレバ 福岡空港を経由して、2週間泊まり込んで文字読み取りの訓練をしてこいといい
西の東京に支援学校あれば 羽根だ空港を経由して、マグネットシールなどの触ってできる教具を直に教わってこい、といい
南の宮崎市に障碍者訓練センターあれば、 宮崎駅を経由して、キー操作だけでエクセルを3週間で習得してこいといい
北の京都に歩行訓練センターあれば 伊丹空港を経由して、単独歩行が訓練によってできるのかもしれないということを教わってこい、
と言っただ。
いずれも、挨拶を兼ねて清水弁護士さんが同伴した。
こうしたことは、解雇されてから職場復帰までの期間をうまく利用してただ。
気持ちが落ち込んでいたとき、ギンギンに冷やした2本のビール缶を私の頬っぺたをはさんで、元気出せという。
南国の我が家を訪れたとき、左手にコップ、右手にペンを走らせ、握られたコップにはビール…。
「あなたの裁判ではちっとも儲からないんだ。他で儲かっているから…」
と言いつつ、コップのビールは消えてただ。
その陳述書の下書きは難解な手書きの文字。
羽田へとんぼ返りしたその足で事務所に入られたのか、深夜0時を過ぎに文書が??で届いただ。眠れなかったのは私の妻。
目がショボショボ
判読困難だったけど、内容は素人にも理解できる。実にわかりやすい。
「真っ赤な嘘…」という箇所もあったげな。
さて、本番の地裁。
清水弁護士さんは、初対面の裁判長に噛みついただよ。
激しい口論になっちまった。これって、ケンカって言うのかな。
大丈夫かな? もしかしてこれで負けるの? と目を閉じただ。
ここには、竹下弁護士さんが応援に来られていた。ド迫力ある声に百人力の応援を得たような。他に馬場会長、成見・和田の女性弁護士さん達、東弁護士さん、視覚障害教師の会メンバー、地元組合有志の皆さん、卒業生…が集結してただ。嬉しかったなあ…
その勢いのまま、昼食。入った店の座敷ではゴロンゴロンと転がり始めただよ。
何がって? もちろん、ビールの空き瓶だっぺ。
しばらくして、若いお兄さんもダウンして畳に横たわっただ。
ワイワイガヤガヤ… 裁判のことで白熱してる。
トイレから戻った清水弁護士さん、
「トイレでベルトのバックルを流してしまって…」とぼやき、
ズボンの前を手で吊ったまま、午後からの記者会見に臨んだだ。
同じ日に眼鏡のフレームも踏み折ってたから、そのフレームは紐でグルグルと巻い
てたから尋常でない面相だっぺ!
日本の法曹界って、大丈夫かいな?心配だなあ
でも、清水弁護士さんは爽やかな口調で報道陣に訴えたよ。流石だな
うん安堵しただ…
次回の裁判ではその裁判長が代わってた。代わったばかりの新しい裁判長、ファイルをめくっては、私に向いて尋ねているらしく、しきりに念を押してくる。
私は、はあ? はい まあ そうそう…と
慌てた弁護士さん、
「清水は私です!」
おっと、失礼! ああだ こうだ てんやわんやのうちに仮処分勝訴の吉報!
どこまでも底抜けに明るい、それでいて超人的な清水弁護士さんでありました。
ここから、支援集会、検証授業、勝利祝勝会へと続いたのであります。
池上本門寺・人生はドラマ
池上本門寺
人権ネットワークの数名で、池上本門寺へいってまいりました。蒲田ホワンヨンというところで、昼食をみんなで食べました。それから、蒲田駅を、背に池上線に乗りました。池上の、駅を降りたあと、動画を撮りながら、皆と歩き始めました。行く時には、不思議とはしゃぎながらというわけではないけれど、暖かい日差しが私達を迎えてくれました。
その日は、3月16日ということもあり、池上本門寺に行くのには、暖かな日でした。
皆さんも、是非同じようにしなくても、いいですが、行かれる際には、くず餅と、暖かければサンドイッチなどを下げて行かれるのも、また、ご馳走かと思います。力道山の、お墓がありました。
楽しかったです
人生はドラマ
人生は、言ってみれば、一度しかオンエアがないドラマだ。
カメラを使い、スポットをあてるような、ドラマではないが、喜びや悲しみに満ち溢れるのまでが、人間性の、感情のある、ドラマだ。
よく、親には、その親がいて、孫にはデレデレで、娘や息子には、若い頃は厳しかった。
そんな記憶は、皆さんの、中にありますか。子供から、大人へと、成長をし、親からみたら、錯覚だろうか、若かりし自分がいると、思うのではないか。
生きていれば、色々ある。
最後には、この世を去る前に詫びたい、お詫びの気持ちを書き記したいと思ったとしても、すでに自分は、亡骸だと言うこと。そうなる前に分かち合い、許し合い互いを、認め合うことこそが、人生ではないか。と、私は、思う。
親は、まず、子供が欲しいとするものがあればそれをかなえてやりたいと思う。
頑固で、融通が聞かなかったりはするが、本心は願を叶えてやりたいと、必死なのだ。何故ならば、かけがえのない我が子だからだ。
お願いがあります、我が子は、神様からの贈り物。見守り、親として、サポートを我が子にする。
どうかこれからの時代をもりたつる、若者を支えてあげてください。
人形の町「鴻巣」の雛飾り
3月10日、母に面会に行きました。
母は、ちょっと眠そうでしたが、帰り際、「待っているから、また来てね」と言ってくれました。やっぱり待っていてくれるんだ。母は忘れないでいてくれる。会えるだけでいいと思っていくのです。だから、こんな言葉が聞けるのは本当に嬉しい。何よりの喜び。
よかったね、と、帰り道。息子がトイレに行きたいと入った鴻巣のお花の直売所で、「あっ!!」圧巻のお雛様飾りに出会いました。
何か、ご褒美をいただいたようで、一層嬉しい一日になりました。この日が最終日だったそうです。
残念なご連絡です
私たちのあこがれ、杢早苗さんの近況です。
先日、息子さんから思いもよらず電話がありました。
「母は、元気です。ただ、私の方が進行性の難病になってしまい、ついにこの間まで歩けたのに、歩けなくなりました。私が元気なときは、母はデイサービスに通い、ショートステイを利用しながら、自宅にも連れ帰ることができていました。が、それもできないので、マンションも売りに出しています。今、私が入れる施設を探しているところです。こんな状況なので、会報は二人ともおくっていただかなくて結構です」
ということなのです。
今年のお正月明けに久しぶりに杢早苗さんとお話しました。
「耳が遠くなってしまった、よく聞こえない」と嘆かれていました。
でも、体はお元気そうで、また会いましょうと約束しました。
残念です。いつ、どんなことがあるか、予測不能です。
杢早苗さんは、神戸の「みかげ倶楽部」というところにいらっしゃるそうです。
早苗さんの健康と千秋さんの病気の進行を防げるあるいは、遅らせることが出来るよう、お祈りいたします。
原稿をお願いメモを入れた皆さまへ
簡単な文章、自己紹介、近況報告、なんでも結構です。お願いいたします。
名児耶さんから電話をいただきました。
「ものすごくひどい健忘症になってしまって、ひどかった時の記憶がありません。確認しながら日々の生活をしているので、原稿はとても書けません」とのことでした。
が、お話の感じはいままでと変わりなく、とても軽快でした。この次お願いする頃にはすっかり戻っていらっしゃるはずと期待します。
名児耶さんは不滅です。
編集後記
待ちわびた桜の花が今を盛りに咲いています。春はいいですね。花粉症の人にはごめんなさいですが。
5月総会のお知らせ、4月20日おしゃべりの会のご案内を同封しました。
総会の後の講演会は、上出勝先生にお願いできました。目からうろこのお話をお伺いできると思います。以前掲載済みの先生の原稿と憲法条文、ポツダム先生などを事前にお送りいたします。目を通してみてください。先生は被災地支援のボランティアも積極的にされています。能登の今、関心がたかいですよね。来週被災地にボランティアに行かれるそうです。そんなお話もお伺いできると思います。
おしゃべりの会は、開催してほしいというご意見があったため、開催することになりました。おちゃのみ会です。お気軽にご参加ください。
講演会、おしゃべりの会、どうぞ奮ってご参加ください。お待ちしています。
川井さんの現地調査報告を掲載いています。川井さんは机上の情報はなく、現地に赴いて実際に目で見て、感じたことを報告してくださっています。貴重な原稿です。
楽しみに御覧ください。
春は異動のシーズンです。整形外科病棟11年の娘がいよいよ他科に異動になりました。
慣れた仕事場を離れ、新たに配属になったのは救急病棟とのこと。
「覚えなけれいけないことがたくさん過ぎて疲れる。でも、みんないい人でよかった。ぐったりするし、落ち込むこともあるけれど、切り替え早く何とかなっている。こういう私に育ててくれてありがとう。」
思わぬところで感謝されてしまった。
息子は、障害をもつ人が二人いて、その人たちの面倒を見ながらの仕事で、いつも悩みが尽きない。「大変だ、大変だと思いながら、それでもやっちゃうんだよ。父さんと母さんの子だからね」えっ??なんか褒められてる!!
春は、喜びも一緒に運んでくれる、大好きな季節です。
明るい日差しを浴びて、「いいことだけ、いいことだけ考える♪♪」
桜の花を見上げながら、皆さまはどんな春の中にいるでしょう。
新緑も素敵ですね。
体に気を付けながら、毎日を楽しく、にこやかに過ごしましょう。
